起業と労働者保護法令について


 データ的には古いですが、総務省【事業所・企業統計調査】(010年)によると、
個人企業及び会社企業の開業率は
3.5%です。(ちなみに廃業率は倍近い6.1%)

同時期のデータではないものの、韓国の開業率14%、アメリカ13%と比較すると、
低水準であるといわれています。

とにかく闇雲にでも開業さえできればいい、というものではありませんから、同数値が
どれほど国力に影響するものかはわかりませんが、数値が低いからこそ、生まれたもの
は大事に大きく育ってほしい、と誰しも願うものではないでしょうか。


この気持ちを前提とし、さらに社会保険労務士の視点からみた起業前の起業家としての心得を述べてみたいと思います。

1. 保護される立場から束縛される立場へ

 一見すると何のことかわからない、と思われるでしょう。特にサラリーマン、OLといった方が初めて起業を考えられている場合はより一層そう思われるかもしれません。

Point はココ!

< 起業により他人を雇用する=労働基準法、労働契約法等の労働者保護法令との闘いが始まる >

サラリーマン、OL等雇用者であったアナタは、知っているいないにかかわらず労働基準法等いわゆる労働者保護法令といわれる法令群に守られていました。


 例えば…
▼△ 経営者に対する罰則付きの強制義務として、

・国籍・信条等による差別の禁止
・男女同一賃金の原則
・強制労働の禁止
・中間搾取の禁止
・損害賠償予定の禁止

・前借金相殺の禁止
・強制貯蓄の禁止 
・解雇禁止条項、解雇予告制度
・労働契約期間制限
・労働時間、休憩、休日、休暇の基準

・時間外、休日労働の規制
・割増賃金制度
・年少者と母性の保護
・災害補償制度  など。



労働者にとってみれば、これらは安心につながるものです。もちろん、順守されてこそでしょ? といった反論もあるでしょうが、少なくとも、上記違反を根拠にして行政、司法に救済を申し立てる手立てにはなり得ます。


しかし、これから起業しようと考えているアナタの立ち位置からみると、1人でも他人を雇用すれば、労働者であったアナタを守ってくれていたこれら法令は、ある意味掌を返したように起業家であるアナタに牙を向けてくる、ともいえるのです。


2. 相手(労働者保護法令)を知る

 攻撃するにしても、防御を図るにしても、何かと対峙するには、その相手
(この場合は労働者保護法令)をよく知らなければ何も始まりません。


例えば、
「原則として1週間の法定労働時間は40時間。1日は8時間です」
(労働基準法第32条)

これを知らなければ、
「ウチは生まれたばかりの小さな会社ですからね。休日は日曜日だけ。月曜日から土曜日まで勤務してもらいます。始業時刻は830からで、終業時刻は1830くらいまでかな。休憩はお昼に1時間の予定ですが、来客等があれば当然応対してもらいますよ。有給休暇は当面はなし。残業代もしばらくは出せないな。そのかわり給与は月給制で20万円支払います。

社会保険もなし。雇用保険はこの先
1年以内には加入するつもり。労災は、ウチみたいな会社は関係ないんじゃないかな。怪我しても国民健康保険で診てもらえばいいだろうし。まっ、今は生まれたばかりで規模も小さいけど、数年のうちには大きく成長させて各種保険にも加入するつもりです。その頃になればボーナスも出せるようになると思いますしね。

とにかく、育つまでは法律法律なんてうるさいことは言いっこなし。会社が大きくなり利益が出るようになれば税金だって納めるんだし、国にとってもその方がメリットがあるでしょ?」


起業し、他人を雇用するつもりの方なら、上記の社長のどの部分が論外かおわかりになるでしょう。もしも「どこだっけ?」と首を捻られるならば、起業前の貴重な時間を割いてでも、労働者保護法令についてその概略だけでも頭に入れられるべきです。

「違反行為? でも、そんな法律があることすら知らなかったし…」

こう嘆かれても免責はされません。起業者たるもの、労働者保護法令を知ってて当然。指導・勧告をする行政に対しても、判決を下す司法に対しても「知りませんでした」という釈明が通じないのは当たり前のことです。

労働者保護法令を含む労働社会保険諸法令は、1000はあるといわれる我が国の法令の中にあっても改正等が多い法令群です。

ですから本業と平行してこれら労働社会保険諸法令を熟知することは現実的ではなく、我々専門家を利用されるのも一つの方策ではあります。それでも起業される場合には、労働者保護法令についての基礎の基礎程度は理解されることをお勧めします。 

支払いサイトの見込みミスからいわゆる帳簿上の本業では黒字、でも金庫は底をつき、明日の支払いができない等の黒字倒産は耳にされたこともあるでしょう。

今後は、労働者の権利主張による残業代等の支払いのために金庫が底をつき、買掛金が支払えない、といった法令不備倒産(仮称)が増加するかもしれません。そうなる前に、相手(労働者保護法令等)を知り、最低限の法令は遵守する経営を起業当初から心がける必要性が、一段と増していると考えています。