賃金制度改革において留意すべき点


1)経営理念の明確化
2)経営方針
3)現状の問題点の把握
4)計画立案のため
5)賃金支払能力
6)人件費支払いの上限


                                           





1) 経営理念の明確化

  経営理念は、企業の存在価値、事業の方向性、考え方の基本など、経営者の人生観、事業観、人間観、労働観などを表しています。


  経営理念の浸透
例えば「お客様第一主義」と謳っていても、従業員にまでその本質が理解されていなければ、お客様には伝わらず、業績にも結びつきません。


  経営資源には「ヒト・モノ・カネ・情報・ノウハウ」がありますが、重要なのはやはりヒトです。なぜならば、ヒト以外のモノ等を最終的に駆使するのはヒトそのものだからです。


いかにして優秀な人財を抱え込むか。これが企業を今後も飛躍させる重要なポイントです。
ですから、経営理念を明確化させることは、企業にとって有益な人財を確保、育成、成長させるための「クサビ」になるのです。


   経営理念の具体例として下記のようなものがあります。



「会社は○○という目的のために存在している」

「〜に勤めてよかった」
「〜で買ってよかった」
「〜と取引してよかった」



これらはよくある例ですが、御社の考え方に合ったものを作るべきです。







2) 経営方針

    基本方針、年度方針、経営計画 → 経営理念に沿った人事計画


   上記の経営理念を踏まえて
「会社はその目的を実現するためにこういう方針を立てた」  経営方針
             ↓

「会社の目的を実現させるために、どういう行動をすべきか、という計画を立てた」  行動計画
             ↓

「目的を実現させるために部門ごとの目標を掲げた」  部門目標(企業の規模によります)
             ↓

「部門(会社)の目標を達成させるために個人の目標を立てた」  個人目標


このように、最終的に個人の目標まで落とし込みます。





3現状の問題点の把握

・自社の強みは? 弱みは?



 ex) 年功序列賃金なので、利益は増えないのに毎年給与だけが上がっていく。
              ↓

 経営者と従業員の問題意識は同じか? ズレはないのか?


経営理念を共有することで、こういった感覚のすれ違いは縮小されていきます。


新しい賃金制度導入に関しても、制度導入のみを目的とすべきではないでしょう。いかに制度を活用し、自社を発展させるか。せっかく新しい制度を導入するのですから従業員一人ひとりのモラール、モチベーション向上につながるものでなくては意味がありません。


 

労働生産性の向上に繋がってこそ、意義あるものとなり得るのです。

「とにかく導入しさえすればいい」では、かえって従業員のモラールなどを削いでしまい、生産性アップどころか、マイナスに作用しかねません。





4計画立案のため


 下調べとして、従業員数・従業員の年齢構成・従業員の身分構成(正社員、アルバイト、パートなど)・賃金支払能力などを調査しておきます。






5賃金支払能力

ここでは「付加価値基準」(ラッカー・プラン)を取り上げます。


 

   付加価値総額と人件費総額を一定の比率に保つ。
つまり、いくらまでの支払いなら、会社経営に支障をきたさないか? を具体的な数字で把握しておくことが大事です。


数値として知っておられますか?


   付加価値の計算方法
ここでは控除法(中小企業庁方式)を用います。


a)製造業及び建設業


付加価値(加工高)=生産売上高−(材料費+買い入れ部品費+外注加工費)


b)流通販売業

付加価値(粗利益)=純売上高−仕入れ商品原価


   次は労働分配率(付加価値の中に占める人件費の割合)です。
※ 労働分配率は、限界利益に対してどれだけの比率を人件費が占めているのか、という割合でもあります。


ちなみに限界利益とは、売上高−変動費 で計算したもので、企業の儲けの基本です。


労働分配率(%)=人件費÷付加価値×100


経営者としては、当然労働分配率が低い方がいいでしょう。しかし、そればかりを追及しては従業員のやる気は高揚しません。


この辺りは各企業の業種、規模、利益率などによって変わってくるでしょうから、一概にこれだけは必要であるとか、これ以上は危険であるといったことは言えませんが、下記の資料を参考にして自社の状況を考察してみてください。



比較データ


労働分配率

 

最良(優良)

平均(黒字)

卸売業

小売業

サービス業

製造業

建設業

運輸業

42.8

50.6

46.7

50.9

56.1

56.8

48

54.7

54.9

59.8

48.7

52.3




   具体例で見てみましょう。
従業員20人のサービス業


                構成比

売上高      3億円      100

外部購入価値   1億2千万円   40


付加価値     1億8千万円   60%  (付加価値率)
人件費      1億2千万円   40

諸経費      4千5百万円   15

 

経常利益     1千5百万円 5%  

 

この場合の労働分配率は? 

人件費÷付加価値×100(%)=1億2千万円÷1億8千万円×100=66.7%


一人当たりの付加価値=付加価値÷社員数
          =1億8千万円÷20人

          =900万円


これらを同業他社と比較してみる。高いのか低いのか?
(上記の表と比較する限り、労働分配率は高いといわざるを得ない。しかし、業種にもよるが、労働分配率が80%超えなどという企業もあることもまた、現在の日本においては事実である)


・どうやって適正化するのか?

当然分母、分子の数値を変化させる必要があります。
ようするに、人件費を下げるのか? はたまた付加価値(限界利益)を上げるのか? 


人件費は賃金、賞与はもとより法定福利費、福利厚生費、役員報酬、交通費、退職金、退職給付引当金なども含みます。





6
人件費支払いの上限


・損益分岐点から見てみます。


a)損益分岐点売上高=(人件費+固定経費)÷付加価値率


先ほどの具体例で計算すると
(1億2千万円+4千5百万円)÷60%=2億75百万円

 

b)人件費支払い上限率(%)=人件費総額÷損益分岐点売上高×100


具体例では
1
2千万円÷275百万円×100=43.6%


c)人件費支払い最高限度額=売上高×人件費支払い上限率


具体例では

3億円×43.6%=1億3千80万円


この数値を超えると、会社の存続は危ないとされます。というか、これでは企業の利益はなくなるも同然ですから、いかにこの数値から低く乖離し、かつ従業員のモチベーション、モラールを向上させるかかが、賃金制度改革の最大のポイントになると思われます。


具体例では、1億2千万円<1億3千80万円 ですから、労働分配率は高いものの、最高限度額よりも低くなっています。しかし、今後も年功賃金により、会社の業績に関係なく人件費が上昇していくとするのなら、数値の逆転は充分あるでしょう。

 

そうなる前に見直しが必要です。


 

ただし、賃金制度改革は、多くの場合「労働条件の不利益変更」に該当します。いかにソフトランディングによって、従業員の意識と経営者の思惑を近付けるか、ということも非常に大事な要件ですから、市販本の丸写しといった付け焼刃的な改革ではなく、1年間程度の導入期間を用意して事にあたるべきものであるということを申し上げておきます。

 

 


 


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田中 雅也